For English click on the tab ENGLISH

東京アーバンパーマカルチャー(TUP)の世界へようこそ!

このブログでは僕のワークショップ(WS)やイベントの告知をしています。
WSの最新情報や活動の近状に興味ある方はメーリングリストに入ってください。
右の欄にメールアドレスが書かれています。

東京からサステナブル(持続可能な/共生的)社会を育むための実験と実践を行っています。
世界の最新情報やスキル(技術)を学び、
それを体感型のワークショップで日本に紹介しています。
パーマカルチャー、非暴力コミュニケーション(NVC)、禅(マインドフルネス)、
システム思考、ユースのエンパワーメントなどが活動の軸です。
活動仲間や企画者を常に募集しています。
よろしくお願いします。

次世代のためにも、一緒に平和で希望のもてる社会を創作していきましょう!

Wednesday, March 29, 2017

【BOOK】よきことはカタツムリのように by 辻信一


辻信一さんが新しい本を出版した。

彼は僕が尊敬している
日本の大先輩!
共生革命家の日本支部なかまでもある
会うたびに僕はワクワクして
楽しい活動家オタク暴走トークの
世界にすぐ突入する

そんな親友が
書いた新しい本を去年頂いた。
「良きことはカタツムリのように」
お互い、スロー(辻)ストップ(海)とか
言っているのに飛び回って生きているから
ついつい、いつもの調子でツッコミたくなる
「良きことはジェットに乗ったカタツムリのように」
っていう調子で。

そういえば、この前オタクトークをしてたときに
ギフトエコノミーで有名な
チャールズ・アイゼンシュタインと
辻さんの「スロー」についての話をしていた。
チャールズによれば「スロー」の逆は
“measurability”
全てが計れる世界だと言っていたらしい。
時間、結果、情報、エネルギー、豊かさ、友達。。。。
現代文明は全てを計ったり計算しようとする。
スローは計り知れない世界と言う意味かも
なかなかディープやな

本題に戻ると
「良きことはカタツムリのように」は
僕の頭の中で散乱しているニュースの出来事、
思いやりや愛の哲学、
そして世界中のアクティビスト達の動きが
心地よく一つのストーリーに紡がれている。
読んでいるとバラバラのパーツが
自然に整理されてきて
より鮮明な現実の捉え方が育っていく。
読んでいるだけで意識が
変容していく感じ。
これが、辻さんのギフトだね。

最後の章に僕も紹介してくれた。
不思議な感じ。
素敵なバトンを渡してもらった感覚。
辻信一の様な人達が育ててくれた土壌に
僕みたいなエッジの雑草が育っている。
そして、サティッシュや
ティクナットハン、
日本各地で活動している一般市民が
この愛のムーブメントの仲間達。
地球市民の生態系

どんどん仲間を増やしていって
僕たちのハートが信じている
より美しい世界を育てていこう!

(チャールズの最新本のタイトルが
A more beautiful world our hearts know is possible)

購入は:ナマケモノwebshopか書店で!

幾つか印象に残った文章を
みんなにも紹介したい
僕のお誘いは一つ読んでから
自分が何を感じたり考えたりしているかと
つながる時間をとること。
全部、一気に読んだらだたの情報で終わるから。

エンジョイ!enjoy





 *左の数字はページ番号

39 ブータン人が見たニッポン
日本人はとにかく忙しい。いつも時間がないと言っている。日本人は世界最高の時計を作るが、肝心の時間がない。ブータン人は時計をつくれないが、時間だけはたっぷりある。

(海:今、ストップして、自分とつながってみよう!)



49 ポスト3.11時代のお寺ムーブメント
文脈:戸塚にある善良寺のカフェデラテラの説明

寺とは元来、地域の文化センターとして、老若男女が階層や貧富の分け隔てなく、さらには生死の別さえ超えて集い合う場であり、だから、現代風にいえば、カフェのようなものにちがいない (省略)
「寺=カフェ」という発想から、さらに色々な可能性が見えて来る。経営学の父と言われたピーター・ドラッカーによれば、現代の非営利組織(NPO)の源流は日本の寺にこそある。つまり寺は元来、ボランティア活動や奉仕活動の中心であり、コミュニティの相互扶助ネットワークの要だった。その原動力は、経済的合理主義とは異なる慈悲の精神だ。エンゲージド・ブディズム(社会参画する仏教)という言葉が今世界中で注目されているが、もともと仏教は社会参画と同義だったに違いない。



161 ベンチに寝転がって本を読もう
文脈:kototoi創刊号の編集後記に書かれていた文

「ことばは、商品ではなく、贈りものである」
それに続く問いかけも研ぎ澄まされた詩句のようだ。モノも本来、商品ではなく、贈りものだったのではないか。

(続:今、ストップして、自分とつながってみよう!)




 168 旅も人生も、ぶらぶらと
文脈:中南米で感じた生活の哲学

。。。日本人の前のめりな生き方のおかしさが際立つ。幼い頃から、良い学校にいく準備をさせられ、小学生は良い中学、中学生はいい高校、高校生はいい大学、大学生はいい就職、のために追いまくられる。いざという時のために貯金し、いろんな保険に入って、老後のために年金を積み立てる。「明日」のために「今・ここ」を手段化し、来るかもわからない未来のために現在を犠牲にしているのだ。



170 ダムネーションVSリヴァーピープル
あるアメリカ先住民の長老はこう警告していたのだった。
「最後の川を汚す時、最後の魚を食べる時、人間はやっと気づくだろう、お金は食べられないということに」



202 誰よりも豊かな恵みの中に生きている
文脈:下野勉さんの「病者の祈り」という曲

元気を求めたけど
日々を大事に生きるようにと
病気を与えられた
強さを求めたけど
絆を取り戻せるように
弱さを与えられた
求めたものは手に入らなかったけど
願いは聞いてもらえた
誰よりも
豊かな恵みの中に生きている



218 グローバルからローカルへ
長い間、環境運動家を名乗っている僕だが、いつまでも、不思議というしかない。地球上にかつて存在した生物の中で最高に知的な存在であるはずの人間が、自分の住処である地球とその自然のメカニズムを狂わせているのだから。自然生態系は人間の生存にとってなくてはならない最低限の条件。その破壊が止まらないとすれば、その先にあるのは、人類としての「死」に他ならない。

悪魔に魂を売ったのでなければ、一体、何と引き換えに、そんな自滅への道を選ぶのか。それが問題だ。

こんなことをぼくが言うと、必ず返ってくるのが、「そうは言っても現実は。。。」という話だ。そこでいう「現実」とは、景気とか、株価とか、選挙とか、のことであり、個人のレベルなら、雇用であり、給料であり、ローンだ。そしてそれらをまとめて一言で言えば「経済」、もっと平たく言えば、「お金」。それが「現実」という”物語”のテーマであり、主人公なのだ。そして両脇を固めて、主人公を支えるのが、科学技術。



230 よきことはカタツムリのように

絶対視されているのは、直線的(リニア)で一方的で不可逆的な”流れ”としての時間だ。(省略)

この直線的時間では、過去よりも現在、現在よりも未来の方が”良い”、ということが暗黙の前提だ。そしてこの”より良い方向”への流れを、「進化」、「進歩」、「発展」、などと表現する。

こうして新しいこと自体が価値となる。科学技術を宗教のように崇めるのも、それが新しさの最先端を切り拓いていくように見えるからだろう。常に、最新の知識、技術、モデルこそがベストというわけだ。

「新しさ信仰」




236 あとがき

2000年にアメリカで出版された『The Culture Creatives』という本によれば、カルチャー・クリエイティブ(CC:文化を創る者)とは、世界に今起こりつつある価値観や美意識の大転換を、自らの生き方によって体現している人々のことです。(省略)彼ら[CC]の生活態度に共通するのは、自然志向、健康志向、平和や公正さへの関心、コミュニティへの関心、異文化への理解など、です。また生き方や考え方の特徴として、部分より全体、量より質、所有より共有、結果より経験やプロセスの重視が挙げられています。(省略)

「文化を創る」というところが肝心です。

No comments:

Post a Comment